田辺寄席では、参加者に「田辺寄席ニュース『寄合酒』ー当日版」 をお配りしています。
  06年4月までは、桂文太師匠が出題する「寄合酒クイズ」と中川 桂氏(芸能史研究者・大阪大学非常勤講師)の演題の紹介が掲載されて いました。06年5月からは月3回公演に伴い紙面も変更され、三公演 の演題紹介と「楽語写」が掲載されています。このページには演題紹介を収録しました。
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皐月席田辺寄席
第423回
5月19日(土)午後1時40分開演
〈いちもん会〉


一、宿屋町     桂 雀五郎(雀三郎門下)

 大津の宿には、大名用の本陣が2軒、脇本陣が1軒、旅籠が71軒あった。客引きの競争も熾烈だったことだろ う。

二、饅頭怖い     桂 雀喜(雀三郎門下)

 「じょうよう」とは「薯蕷饅頭」のこと。ヤマイモを主原料とした皮で餡を包んだものである。初めてこの噺 を聞いた頃は、上等の饅頭かと思っていた。皆さんはご存じでしたか?

三、四二三号笑呆亭…『連獅子』から
     桂 文太(五代目文枝門下)

 能の『石橋』では、出てくる獅子は一頭が基本形だが、その小書(特殊演出)として「大獅子」「連獅子」な どがあり、これらでは赤頭と白頭の二頭の獅子が登場する。こちらが華やかで見栄えもよく、歌舞伎には獅子二 頭の形が取り入れられた。ちなみに、歌舞伎『連獅子』の本興行での上演は、明治に入ってからである。

中入り

四、〔ウクレレ漫談〕  林家 笑丸(染丸門下)

繁昌亭の開席以降、落語はもちろん、色物として余芸ができる落語家にも俄然注目が増えた。そんなこともあり、今月は三公演とも噺家さんによる色物が登場。まずはRR―1でも認められた笑丸さんのウクレレ漫談から。

五、神頼み・初恋編 桂 雀三郎(雀三郎一門)

 今や携帯電話や携帯メールが、世の恋愛では大事なツールだが、それらがまだ普及していなかった時代の、小佐田定雄氏作の一席。


皐月席田辺寄席
第424回
5月19日(土)午後6時10分開演
〈いちもん会〉


一、金明竹   桂 阿か枝(五代目文枝門下)

 東京の落語界では前座の口慣らしに最適として、よく演じられるネタ。道具屋から来た手代の言い立てが聴かせどころである。

二、振り込め!!     桂 三風(三枝門下)

 始めは「おれおれ」と息子を騙り、原始的だった振り込め詐欺も、どんどん手口が複雑化している。最近は交通事故や痴漢行為の示談金、保険金給付のための事前納付…などが騙られることが多いようだ。ご用心の程を。

三、四二四号笑呆亭…『蕎麦のご隠居』から
        桂 文太(五代目文枝門下)

 最近話題の医学用語といえば、メタボリック・シンドローム。正確には「内臓代謝症候群」というらしい。腹囲が一定以上になり、さらに血圧や血糖値が高いようなら注意が必要。一部には、医薬業界の儲けのために腹囲の基準を厳しくした、との声もある。そんな腹回りの心配もせず、大食を競う「そば賭け」の行方は。

中入り

四、〔腹話術〕   笑福亭 学光(鶴光門下)

徳島出身で、阿波踊りでは「はなしか連」も率いる芸達者な学光さん。本日は、繁昌亭オープニングの出番でも披露していた腹話術で。

五、八咫烏      桂 枝三郎(三枝門下)

 『古事記』に出てくる神話中の鳥で、神武天皇が東征の時、熊野から大和へ抜ける山中の道案内として飛来したという八咫烏。その元は中国の伝説にあり、三本足で太陽の中に住む。


皐月席田辺寄席
第425回
5月20日(日)午後1時10分開演
〈いちもん会〉


一、道具屋    笑福亭 鉄瓶(鶴瓶門下)

 四天王寺さんの縁日は有名だが、最近はいくつかの神社でも定期的に骨董市が催されている。梅田のお初天神では毎月第一・第三金曜の二回開催中。

二、閻魔の極楽 〜神崎京一作〜
    笑福亭 純瓶(鶴瓶門下)

 大阪市平野区の大念仏寺では、毎年5月の1日〜5日に万部法要が行われる。極楽浄土から二十五菩薩が来迎する様子を見せる、まさにこの世の極楽。いっぽう、同じ平野区の全興寺には閻魔大王も鎮座する「地獄堂」が
ある。

三、四二五号笑呆亭…『つるつる』から
         桂 文太(五代目文枝門下)

 東京種の一席。もともとは単純な滑稽話だったが、八代目桂文楽師匠が、幇間の悲哀などを感じさせる大層な噺に仕立てた。文太師匠は上方へ移すにあたり、さらに工夫を加えている。

中入り

四、〔百面相〕  露の 団四郎(団四郎一門)

江戸末期に三笑亭可上が演じた、目かつらをつけての「百眼(まなこ)」をルーツと考えれば、かなり歴史のある色物。視覚的で寄席に最適。

五、天神山  笑福亭 竹林(六代目松鶴門下)

 高津さんの絵馬堂下の石段を下りたところに黒焼屋があったが、一九七九(昭和54)年に廃業するまで、四百年近くこの地にあったという。四百年あったものがこの30年ほどの間になくなったとは、実に残念な話だ。


紹介文執筆…中川 桂




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