田辺寄席、演題「怪説」  

   2011年10月

       演芸ライター・上田文世

 

田辺寄席10月~祕無月席

●第583回 10月15日(日)昼席 

 《じっくりたっぷり・てんこ盛りの会》

開口〇番(南湖の前ばなし)「ミ」の巻

         /「ミナミ、みなみ、南」

一、狸 賽   桂 文太(五代目文枝門下)

 高浜虚子編『新歳時記』には、季題としてタヌキ汁が出ています。「タヌキ(の季題)は冬。太っておいしい。薩摩汁などにして食べる…」と解説。「狸汁かたむきかかる自在かな」(平凡)などの句があるそうだ。

二、アメリカ人が家にやってきた(桂三枝作)

          桂三ノ助 (三枝門下)

 三ノ助さんは入門してちょうど14年と5日。甲子園をめざして練習に頑張っていた元野球少年です。野球は今も続けていて、オリックス・バッファローズのファン。夢は京セラドームの始球式でマウンドに立つこと。

三、柳田格之進 旭堂南湖(三代目南陵門下)

 囲碁が好きで、娘を身売りする羽目になる武士のお話です。落語としても演じられ、東京の志ん生は「親が囲碁の争いをしたから娘が娼妓(将棋)になった」というサゲを付けて口演していたことがあったそうです。

 

    〈仲入り〉

 

四、立ち切れ線香桂 文太(五代目文枝門下)

 安倍さんから始まって、福田さん、麻生さん、鳩山さん、そして菅さんと、日本の総理大臣はいずれも任期が1年前後。さすがに百日という人はいませんが、どの首相も線香が立ち切れたかのように消えていきました。

五、夢 八     桂三ノ助 (三枝門下)

 昼間も夢を見るという八兵衛。豊臣秀吉はんは昼間ばかりか、この世で起きたことすべてを夢としたようだ。62歳で死んだが、こんな辞世を残しました。「露とおち露と消えぬるわが身かな浪花のことは夢のまた夢」

 

 ●第584回 10月15日(土)夜席 

《じっくりたっぷり・てんこ盛りの会》 

開口〇番(南青の前ばなし)「ム」の巻

            /「無我夢中」

一、千早振る  桂 文太(五代目文枝門下)

 今は「川」の字が付く相撲取りは幕内、十両には一人もいず、幕下までいって初めてモンゴル出身「透川(とおるがわ)」が出てきます。「川」が付くと流れ流れて、「豆腐屋さん」になると分かったからですかね。

 二、写真の仇討   林家染左(染丸門下)

 染左さんは入門して15年。『牛ほめ』の舞台で「落語みゅうじあむ」がある池田市の在住です。「その声は?」と問うたれば…。阪急・池田駅前「てるてる広場」前にある観光案内板のボタンを押すと流れてきますよ。

三、(難波戦記より)木村長門守

        旭堂南青(南左衛門門下)

 木村重成は出身地も生年も未詳ですが、今で言えばイケメン、それも超が付くほどのイケメンだったようです。それでいて戦闘には強く、しかも風趣に富んでいて、戦国武将ランキングの50位内に数えられています。

 

    〈仲入り〉

 

四、茶目八   桂 文太(五代目文枝門下)

 他人のご機嫌、顔色をうかがいながら暮らす商売は大変です。うっかりと気を許して、ついつい本音を漏らしてしまうと、さていったいどうなるのか…。太鼓持ちという商売に同情してしまいそうになるお噺です。

五、淀五郎      林家染左(染丸門下)

 大勢に受けなくては、という商売は大変です。演劇の本場ブロードウェイでは、評判が悪いとすぐに公演が切られるそうです。このお噺では、アドバイスを得た演者が奮闘。公演も相手役も切られず、よかった、よかった。

 

 

●第585回 10月16日(日)昼席 

《じっくりたっぷり・てんこ盛りの会》

開口〇番(南湖の前ばなし)「メ」の巻

            /「名人列伝」

一、つ る   桂 文太(五代目文枝門下)

 物の名前にはたいてい由来・いわれがあります。「鶴」は万葉の時代には「たづ」とも言われていました。それがどうして鶴となったのか。長年の疑問がこのお噺を聞くと氷解します。でも、決して口外しないように。

二、いらち俥    笑福亭喬若(三喬門下)

 喬若さんは入門して13年。「上方落語界の松坂大輔」で、皆さんにはお馴染みの気鋭です。笛の腕も超一流。落語の精進も怠りありません。今年パッとしない松坂投手に「大リーガーの喬若です」と言わせた〜い。

三、関取千両幟 旭堂南海(三代目南陵門下)

 歌舞伎や講談には相撲取りが、ヒーローとして登場することが多いようです。現代では? 暴力団と関わりがあった、星を売り買いしていたと、マスコミに叩かれるばかり。感動ドラマにはなりそうにもありません。

 

    〈仲入り〉

 

四、つるつる  桂 文太(五代目文枝門下)

 つるつるで鶴が2羽、ではなくて、このお噺では、頭に毛が無くてツルツル、廊下が磨き込んでいてツルツル、つかむところがなくて滑ってツルツルの「つるつる」です。噺の中でどう使われているか。乞う! ご期待

五、三十石夢の通い路

         笑福亭喬若(三喬門下)

 伏見に城下街を開いたのは豊臣秀吉はん。以来、京・大坂間の交通機関として三十石船が発展していきます。しかし、夢八の項で書きましたが、これも秀吉の「夢」だったので「夢の通い路」となった。ウソですよ〜。