田辺寄席  
|ホーム|演題紹介トップ2005年2004年2003年2002年

中川 桂(芸能史研究者・大阪大学非常勤講師)による
演題紹介


第353回 2003年7月13日
《たっぷり じっくりの会》桂 文太の段

一、狸賽/月亭 八光(八方門下)

「狐・狸は人を化かす」と一口には言うものの、現在演じられている落語では、おおまかに言えばズル賢くて人間がうまく化かされるのが狐、最後に失敗しがちなのが狸、という両者の「役割分担」があるようだ。しかし江戸中期の噺本に出てくる現行落語の原話には、今ほどの区別は見られない。『狸賽』の原話でも、宝暦四年(1754)のものは狸、安永二年(1773)年のほうは狐になっていて不統一だ。

二、那須与一/旭堂 花鱗(南鱗門下)

与一は那須家の一族を記した『那須系図』にも名前が見られるものの、歴史的に確実な資料には現れず、実在のほどは疑わしい。『平家物語』などの文芸や芸能で世に知られたと言うべきだろう。扇の的の一件は文治元年(1185)二月十八日の酉の刻というから、夕方六時ごろの出来事となる。与一は文治五年八月八日没…との記録もあるが、これとて信用できず。しかしそこは講談、見てきたように与一の活躍が。

三、ズバリ当てま賞〜「と」の七番/桂 文太(文枝門下)

第六回「へ」は『平兵衛野盗伝奇』、二カ月続けて芝居噺の登場となった。さて、今月は?
a、『刻うどん』おなじみの一席、文太師匠も若手の頃よく演じていた。
b、『胴斬り』現在の型に整えたのは六代目松鶴師匠。古く露の五郎兵衛の時代から演じられた噺。
c、『徳さん』東京種。噺家二人が場末の悪場所へ遊興に出かけたところ、意外な展開に。
d、その他

中入り

四、月宮殿星の都/林家 染雀(染丸門下)

「月宮殿」とは元来仏教語で、須弥山の月にあるとされる月の天子の宮殿を指した。ここから一般に月の都・月の世界を言うようになり、有名な能『羽衣』にも「然れば月宮殿のありさま…」と出てくる。上演が少ないのは元々のサゲが通じにくいためだろうが、最近は幾人かの噺家さんが独自のサゲをつけており、演者による工夫も聴きどころ。染雀さんの味付けは?

五、火焔太鼓/桂 文太(文枝門下)

もとは純粋な江戸落語。初代三遊亭遊三が明治期に得意としており、それを前座時代に聞き覚えていた五代目古今亭志ん生が戦後になって独自のギャグを満載して演じ、十八番とした。
火焔太鼓は舞楽に用いられる巨大な太鼓で、周囲に火焔の装飾があり、それを含めた全体の高さは3メートルを超すという。左右一対で一組なので、噺の中でも「世に一つ」ではなく、「世に二つという名器」と語られている。それだけの大きさなので、現実にはとても道具屋が一人で背負っていけるはずがなく、志ん生の長男・金原亭馬生は火焔太鼓を大八車で運ぶ演出を考えた。それを聞いて志ん生が「そんなことしないでいいんだよ、落語なんだから…」と釘をさしたというエピソードがある。

2003年

12月
11月
10月
9月
8月
7月
6月
5月
4月
3月
2月
1月



© 2002-2004 田辺寄席世話人会