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中川 桂(芸能史研究者・大阪大学非常勤講師)による
演題紹介


第376回 2005年7月17日
《新・じっくりたっぷりの会》桂文太の段

一、手水廻し/林家 染太(染丸門下)

夏休みの海外旅行者数が、今年は久しぶりに前年より増加に転じる模様、との新聞記事が。ニューヨークのテロやSARSでここ数年旅行者が減っていたが、久々によい兆し、と。ところがここへきてロンドンでテロが発生、影響があるかも…。この『手水廻し』は本来、婚礼のために出向いた丹波での出来事を描く『貝野村』の後半部だが、この部分だけ独立させ、旅先での出来事として演じても何ら問題はない。

二、越の海勇蔵/旭堂 南青(南左衛門門下)

ただいま名古屋場所真っ最中の大相撲、現在の年6場所制になったのは今から47年前である。そこに至るまではかなりの変動があり、戦前の開催数は最高で年4回。戦後は年2回からスタートし、次第に増えて一九五七(昭和32)年には九州場所が加わり、年5回に。そして翌五八(昭和33)年から、名古屋場所を含めた年6場所の開催が今日まで続いている。越の海勇蔵はそれよりはるか昔、江戸時代の力士。

三、寝床/桂 文太(故・五代目文枝門下)

素人浄瑠璃の稽古は、江戸時代から明治ごろまでは盛んに行われたという。義太夫節が定着する以前の江戸初期から稽古本は盛んに出版されており、江戸中期には町々の師匠もかなりの数に上ったようだ。師匠に習わず、稽古本だけを頼りに浄瑠璃を語る人たちは「間に合い浄瑠璃」などと呼ばれたが、そんな中にも上手い人はいたはず。そのいっぽう、師匠に習っても上達しない旦那もあったようで…。

中入り

四、ちしゃ医者/笑福亭 仁昇(仁鶴門下)

人口が多い大阪の市内へは、近郊の農村から肥汲み屋がやってきた。都市から出る肥を畑に撒いて肥料とし、野菜を育てる。だから肥をもらった時は、とれた野菜をお礼に持ってきて置いていくのだ。その野菜を食べてまた肥を生み出せば、まさに無駄のない循環。お婆さんが「医者」と「チシャ」を聞き間違えた誤解も、普段のそんな習慣が原因にあるのでしょう。

五、ズバリ当てま賞〜「け」の三十一番/桂 文太(故・五代目文枝門下)

「ま」の三十番では、予想投票で『饅頭怖い』と『松島心中』が一票違いという、開始以来初の?激戦に。だが、人気投票ではないので…。口演は二番人気の『松島心中』だった。東京の『品川心中』だが、現在残っているのは笑いも多い前半だけで、後半はほとんど演じられない。今回は「け」の巻、候補作は多数あります。
a、『喧嘩長屋』夫婦喧嘩は犬も食わぬというが、止めに入らざるを得ない騒動が持ち上がって。
b、『稽古屋』なんでも教えてくれる「ごもくのお師匠はん」のところへ、不純な動機から芸事を習いに行くが。
c、『袈裟茶屋』よその町内には負けてられんと、町内の若いもんが考えた奇抜な遊び方とは。
d、その他

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