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中川 桂(芸能史研究者・大阪大学非常勤講師)による
演題紹介


第382回 2005年12月18日
『三代目旭堂南陵先生追悼の会』

一、市民税/林家 市楼(故・染語樓門下)

本日一席うかがう上方勢は南陵先生の門弟をはじめとして、今年師匠を亡くした方々。『市民税』は市楼さんの祖父である二代目が作り、二・三代目の染語樓が得意とした。市楼さんまで三代伝わるお家芸。今では正社員であろうがパート・アルバイトであろうが、税金は報酬をもらう時点で「源泉徴収」てなことを言われ、先に持っていかれてしまう。後から税金を集めに来るなんて、実にのんびりした時代だ。

二、幸助餅/旭堂 南鱗(故・南陵門下)

昨年12月から今年の1月にかけて、道頓堀の松竹座で松竹新喜劇と歌舞伎で『幸助餅』が競演の形となり、話題になった。気前のよい幸助さんは、贔屓にする力士に入れあげるあまり財産をつぎ込んでしまう。「さっきやった金を返してくれ」と言われて力士のとった態度とは。落語でも浪曲でも演じられる噺だが、本家本元の講談で、大の相撲好きの南鱗さんが読むとこんな一席です。

三、赤垣源蔵徳利の別れ(義士銘々伝より)/宝井 琴調(故・五代目馬琴門下)

東京より来演。赤穂四十七士の一員に垢埴(あかはに)源蔵がいた。藩主浅野家の馬廻りで、石高は二百石であるが、史実として確実なのはそんな程度。討ち入り・切腹後に江戸高輪の泉岳寺に葬られたが、その際に墓石の字を「埴」と似た「垣」と彫り間違えられたため、芸能の世界では赤垣源蔵として知られるようになった、ともいわれる。実際は下戸だったとも。

中入り

四、ズバリ当てま賞〜「あ」の三十六番/桂 文太(故・五代目文枝門下)

先月高座にかかったのは、今年3月に亡くなった文枝師匠お得意の『天王寺詣り』、予想投票では本命の一番人気だった。今月の口演は。
a、『足上り』旦那に内緒で芝居見物をしてきた番頭、我が身の危険も知らず丁稚相手に芝居の再現。
b、『青菜』植木屋さんが出入り先で隠し言葉に感動し、早速真似しようとするのだが。
c、『明烏』あまりにも堅物の息子を心配した父親が「町内の札付き」たちに、息子の茶屋遊びへの同行を依頼。
d、その他

五、講釈師大喜利

南北、南華、南海、南湖(以上、故・南陵門下)花鱗(南鱗門下)南青(南左衛門門下)
司会…南田辺(文太)

六、黄門と淀辰(水戸黄門漫遊記より)/旭堂 南左衛門(故・南陵門下)

水戸光圀の名君伝説が定着したのは幕末から明治期といわれる。幕府のご意見番としての人物像や、隠居後ひんぱんに水戸領内を巡見していた姿を、日本各地を漫遊する物語と結びつけて講釈師が広めた。助さん・格さんが登場するのはその頃作られた上方講談の型で、それが現在のTVドラマにまで受け継がれている。

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